| THREE-FOUR
COULOIR |
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『Three-Four
Couloir』モレイン湖側にあるテン・ピークス(10つの峰)の文字通り、ちょうど3番目と4番目の峰の間にある長さ約800メートル、幅約50メートル、最大傾斜約60度のシュートだ。モレイン湖を訪れる観光客が、車を下りた目の前の展望台からちょうど真正面にその巨大なシュートは見える。
メインの展望台から見ると左側にはテン・ピークス、右側には山頂のマクドナルド氷河が有名なマウント・テンプル(3547m)がそびえ、その景観はまさに絶景。
1週間ほど前、近くの別のクーロアールでは、地元の若いカナディアンクライマー2人が死亡するという悲しい事件があった。 |

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そんなニュースに怯えながらも、どうしてもそのシュートをスノーボードで制覇したい気持ちを抑えきれず、友人健司と車に道具を詰め、前夜は近くのレイクルイーズのキャンプ場にテントを張った。
翌朝5時半、「おい! 遅刻だ!」 狭いテントの中で健司が叫んだ。本来ならば3時には起きて準備をするはずだったのに、すっかり熟睡してしまった。このレイク・ルイーズのキャンプ場は、ロッキーでは稀な高圧電流のバリケードで守られている。
カナダのキャンプ場では熊の出現を警戒しながら全ての行動を取るが、カナダらしからぬこのキャンプ場ではそれが一切必要なかった。というのも、以前アメリカからのキャンパーが熊の出没に驚き、キャンプ場を訴えたらしい。僕らはこのせい(?)で安心してすっかり熟睡してしまった。
慌てて寝袋から這い出てテントの外に出ると、空はすっかり明るくなっている。使う事のなかったヘッドライトが寝ぼけた顔の下にぶらさがっていた。
午前6時、まだ日の当たらない薄暗い湖面を眺めながら、湖畔沿いのトレイルを季節外れのスノーボードブーツで歩く。この湖にそそぐ源流の川にかかる不安定な丸太の橋を渡り、岩だらけの斜面を足の置き場に苦労しながら、ようやくシュートの下の雪面にたどり着いた。ここで荷物をいったん下ろし、アイスアックス(ピッケル)に持ち替える。ヘルメットを被り、クランポン(アイゼン)を履き、2人でルートの確認をした。 |
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お互いを約5メートルの間隔でロープアップする。この雪渓に入れば、傾斜がキツくて荷物もろくに下ろせないことを考え、頂上部が見える安全な場所で、早目の食事を取ることにした。もちろん水分もたっぷり取る。
午前8時半、昨晩のBBQの残りで作ったベーグルサンドを食べながら、再度ルート確認。天気は良いものの、気温も低く、直接の日差しは両脇の岸壁に閉ざされ斜面には当たっていない。雪もそれほど緩んでおらず良い感じだ。そんな切り立った岸壁をありがたく感じたが、どうしても落石の心配は隠せない。 |

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全ての用意を済ませ、お互いにロープの結び目や道具のチェックをしてから登り始める。少し登ったところから足元が埋まり、雪面が不安定になってきた。先頭の僕がキックステップで登っていく。一歩また一歩、斜面に足を蹴りこんでいくのだ。かなり体力を消耗するのだが、後ろの健司は楽しそうに歌を歌いながら僕の作ったその即席の階段を登ってついてくる。先頭と後ろでは体力の消耗がまるっきり違う。僕らはお互いに先頭を交代しつつ、後ろについた者は歌を歌い、頂上までの距離をかせいだ。
遠く離れたところから斜面上に見えた縦の細い線は、人の背丈以上はある溝だった。ただまっしぐらに直登しようと思っていたが、場所によってはいやおうなしにその雪の溝を渡らなければならない。ビレイ(安全確保)を繰り返し、落下を防ぎながら慎重に溝をまたいでいく。 |

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時間がたつにつれ小さい落石が何処からともなく転がってくる。斜度がきつくなるにつれ、呼吸が荒れて下向きがちになってしまうが、常に上を見ていないと落石にぶつかる恐れがある。
その折、ちょうど2人の真上から落ちてくる落石があった。「おい! あれ危ないぞ!」。ソフトボールほどの岩が何回かバウンドを繰り返しながら、僕らのすぐ脇を「ブーーーン」と音を立てて転がっていった。2人とも言葉を失い、その行方を目で追う。そして無言のまま目を見合わせ、また登り始める。無駄にも僕は試すかのようにアイスアックスで自分のヘルメットを2、3回軽く叩いてみた。
傾斜は次第にきつくなり、そして落石の数も次第に増えてくる。登るに連れて不安な気持ちになってきた。ふと先頭の健司が「あぶねっ!」と、とっさに身をかわした。すぐ後ろを歩いていた僕は、もちろんとっさには避けられない。見事右手の甲に落石がヒット。その後、しばらくシビレで手の感覚がなかった。アイスアックスを左手に持ち替えたが、痛みでしばらく立ち止まる。
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朝方、日が当たっていただろうその場所は雪も緩んでいて、クランポンを履いた足は太ももまで埋まる。しかも傾斜は60度近い。不安定な場所ゆえに嫌でも後ろを振り返ってしまう。気がつけば、眼下に見えるモレイン湖はいつの間にか小さくなっていた。もしここで2人とも滑落したらまず助からない。この緩んだ雪面では、アイスアックスを使って滑落停止も出来ず何百メートルか転がり落ちるだろう。まさに糠に釘、運が良くて重症だ。
先頭を健司に代わってもらった。彼の後を歩いても太腿まで埋まってしまう。アイスアックスを根元まで突き刺し2歩登り、またさらに上へさし込み2歩登る。簡単だったはずの即席の階段は、踏み込んでも崩れる腹立たしいものになった。落石に当たった右手はまだしびれていたが、それでもお構いなしに斜面を掴み、這いつくばって登った。なかなか頂上につかないもどかしさから気がいらだつ。もうここまできたら引き下がれない。先頭の健司も時折埋まる雪面に怒り、叫び声をあげていた。
この胸突き八丁に1時間ほど苦しめられ、登攀開始から約5時間後、ようやく斜度が緩やかになり頂上にたどり着いた。まっ平らな場所を探し、全ての道具を雪の地べたに無造作に投げ出した。
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滑降を目前に興奮してくる。10年間スノーボードをしていてもこの感覚は稀だ。緊張からか足に力が入らない。いつもより確実にしっかりとバインディングを締め、必要のなくなったハーネスのベルトを少し緩める。さあ、後は滑るだけだ。お互いに登ってきたルートを思い出しながら、滑り下りるルートを確認しあった。落石を心配し、一人ずつ滑る事にする。
まず僕がモレイン湖に向かって飛び出した。斜度がゆるいスタート地点から滑り出すと、その先は斜度がきつすぎて下が全く見えない。恐る恐る近づく。それでも10メートルも滑ると、ちょうどジェットコースターが急下降をするかのごとく、谷底までまっ逆さまの大絶景が広がってきた。
一瞬、あまりにも急で長い斜面にたじろぐ。それでも後ろで一眼レフを構えた健司の期待に応えるべく、フロントサイドターンで彼の前を滑り降りた。またすぐさまキックターンでバックサイドに切り替える。1ターンで5メートル以上落ちていく。
周りの雪や小さい岩も一緒に音を立てて落ちていく。自分の起した小さな雪崩に捕まらないように右へ左へ交わしながら滑った。4、5回ターンを繰り返した後、この急斜度に抱いていた恐怖感が少し消えた。「よし! このまま滑れそうだ」そう確信すると、フロントサイドで目の前に迫った斜面に片手を寄りかかり、なるべく立ち止まらないように確実に滑り降りた。 |
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登り始めに食事を取った場所まで、あっという間に降りてきた。5時間登って降りるのに10分かかっただろうか。後ろを振り返ると豆粒ほどの大きさになった相棒が、僕の滑り終わりを確認して滑り始めたところだった。
健司も右に左にテンポ良くしっかりとターンをして降りてくる。少し時間がずれて渓谷に響きわたるターンの音が聞こえてきた。今度はお返しに僕が下から彼をカメラで狙った。やがて健司が僕の所まで無事に降りてきた。2人ともいつも以上に締め付けた足が痛い。そのまま休まず安全を確信しつつ軽快に滑り降りた。
滑り終わったトラックを眺めながら2人で喜びを分かち合う。上を見上げる2人の顔は満面の笑みだ。そこで残った行動食を口にしながら、しばし休憩する。無事に達成した今、先程の緊張感が嘘のように感じられた。ホッとしながらブーツの紐を歩けるほどに緩め、今度はハッキリと絵の具のように、美しく青く染まった湖面を眺めながら帰路に着いた。
5日後、再び健司と別のクーロアールを滑ろうとテン・ピークスの回りを下見のトレッキングに出かけた。僕らは唖然とした。スリー・フォー・クーロアールは下から3分の1の場所で斜面がスッパリと切れて雪崩れた後だった。交代で双眼鏡を覗き、僕はその破断面と下に雪崩れた跡の瓦礫を細かく確認した。「運が悪かったらあれに飲まれてたな。」雪崩によって雪のなくなった茶色い斜面を見て、ホッと胸を撫で下ろした。 |

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